ご不安な妊婦さんへ、まずお伝えしたいこと
当院は、性感染症の専門家として、あなたの大切な主治医(産科)と緊密に連携します。一人で悩まず、まずご相談ください。
- すでにヘルペスに感染したことがある方(再発)の赤ちゃんへの感染リスクは非常に低い(<1%)です。過度な心配は不要です。
- 最も注意すべきは「妊娠後期(特に出産直前)の初感染」で、この場合の感染リスクは高くなります(約30–50%)。
- 妊娠36週からの抑制療法(抗ウイルス薬の毎日内服)は、分娩時の再発を減らし、帝王切開の頻度を下げるため推奨されます。
- 分娩時に症状(水ぶくれ・違和感)がなければ経腟分娩、症状があれば帝王切開が原則です。
- 授乳中の内服(アシクロビル/バラシクロビル)は、母乳への移行が少なく安全と評価されています。
この記事でわかること
- 1. 赤ちゃんへのリスク:「初感染」と「再発」で大きく異なる
- 2. 妊娠中の治療と抑制療法(36週〜)
- 3. 分娩方法(経腟分娩 vs 帝王切開)の決め方
- 4. 妊娠後期のパートナーとの性行為の注意点
- 5. 授乳(母乳育児)は可能?
- 6. こんなときはすぐに当院へご相談ください
- 7. 当院と産科の連携・費用について
- 8. よくあるご質問
- 9. 参考文献
1. 赤ちゃんへのリスク:「初感染」と「再発」で大きく異なる
ご自身が「いつ感染したか」が最も重要です。妊娠前から感染していた方(再発)は、赤ちゃんへの感染リスクは<1%と非常に低いです。リスクが高いのは、分娩直前に初めて感染した場合です。
- 妊娠前から感染していた(既往・再発)場合: リスク <1%
お母さんがすでにHSV抗体を持っているため、胎盤を通じて赤ちゃんにも抗体が移行します。これにより、分娩時にウイルスに触れても赤ちゃんが守られるため、感染リスクは非常に低くなります。 - 妊娠後期(特に第3三半期)に初めて感染した場合: リスク 30~50%
お母さんの抗体がまだ作られていないため、赤ちゃんが抗体を持たない状態でウイルスに触れることになり、リスクが突出して高くなります。
妊婦健診で既往歴を正確に伝え、分娩時に症状や違和感(前駆症状)がないかチェックすることが非常に重要です。
2. 妊娠中の治療と抑制療法(36週〜)
抗ウイルス薬(アシクロビル等)は妊娠中に使用可能です。特に妊娠36週から毎日内服する「抑制療法」は、分娩時の再発を防ぎ、帝王切開の率を下げるために強く推奨されます。
- 妊娠中の治療:初発・再発を問わず、症状が出た場合は抗ウイルス薬(内服)で治療します。安全性は確立されています。
- 抑制療法の推奨(36週開始):
- アシクロビル 400mg 1日3回
- または バラシクロビル 500mg 1日2回
この抑制療法により、分娩当日に症状が出てしまう事態を防ぎ、経腟分娩の可能性を高めます(ただし、新生児感染をゼロにすることを保証するものではありません)。
3. 分娩方法(経腟分娩 vs 帝王切開)の決め方
分娩方法の決定は、「分娩開始時に、性器に症状があるかないか」で決まります。抑制療法を行うのは、経腟分娩の可能性を高めるためです。
- 帝王切開が推奨される場合:
- 分娩開始時に、性器に水ぶくれ・ただれ等の**「病変」**がある。
- または、ヒリヒリ・ピリピリといった**「前駆症状」**がある。
- 経腟分娩が可能な場合:
- 上記のような症状や前駆症状が**ない**。
※妊娠後期(第3三半期)に「初発」した場合は、ウイルス排出が長引く可能性を考慮し、症状がなくても帝王切開を「提案」することがあります(ACOG)。最終的には産科の主治医と当院で情報を共有し、方針を決定します。
4. 妊娠後期のパートナーとの性行為の注意点
妊娠後期、特にご自身がヘルペスに感染したことがない(抗体がない)場合は、パートナーからの新規感染を避けることが最重要です。
- ご自身がヘルペス既往なし+パートナーが性器ヘルペス既往あり → 妊娠後期の**膣性交は控える**ことが推奨されます。
- ご自身がヘルペス既往なし+パートナーが口唇ヘルペス既往あり → 妊娠後期の**オーラルセックスは控える**ことが推奨されます(性器へのHSV-1感染を防ぐため)。
5. 授乳(母乳育児)は可能?
はい、可能です。お薬は安全と評価されており、乳房に症状がなければ赤ちゃんへのリスクはありません。
- お薬の安全性:アシクロビルやバラシクロビルは、母乳へ移行する量がごく少量であり、授乳中も安全に使用できると評価されています(CDC, 国立成育医療研究センター)。
- 乳房・乳輪に症状がある場合:
- 症状がある側の乳房からの直接授乳は中止してください。
- 症状に触れた可能性のある搾乳は廃棄します。
- 症状がない反対側の乳房からは、患部をガーゼなどで完全に覆った上で授乳可能です。
手指の衛生(手洗い)と搾乳器の洗浄・消毒の徹底が重要です。
6. こんなときはすぐに当院へご相談ください
妊娠中は「いつもと違う」と感じたら、自己判断せずご相談ください。産科と連携し、迅速に対応します。
- 妊娠後期(特に臨月)になって、はじめて性器に疑わしい発疹や痛みが出た
- 分娩が近い時期に、パートナーが性器ヘルペスを発症した(または口唇ヘルペスが出ている)
- 痛みが強く、歩いたり排尿したりするのが困難
→ まず当院で専門的な診断を行い、産科の主治医と即時連携します。
7. 当院と産科の連携・費用について
当院は、性感染症の専門クリニックとして、あなたの産科主治医と連携(チーム医療)し、最適な診断と治療プランをご提案します。
当院の役割(産科連携の流れ)
- 正確な診断:専門医が視診を行い、必要に応じて連携機関でのPCR検査を手配し、型(HSV-1/2)を含めた正確な診断を行います。
- 産科への情報提供:診断結果、現在の状況、推奨される治療方針(36週からの抑制療法の提案など)を、主治医の産科医宛の「診療情報提供書(紹介状)」として作成し、お渡しします。
- 治療の開始:産科医と方針を合意の上、当院で抗ウイルス薬の処方(エピソード療法・抑制療法)を開始します。
費用(すべて税込/初再診料込)
- 性器ヘルペス検査(視診): 4,500円
- 治療(初発): 7,980円
- 治療(再発): 4,480円
- 再発抑制(1か月): 13,440円
(詳しくは当院の料金表へ)
8. よくあるご質問
Q. 妊娠中にヘルペスの薬を飲んでも大丈夫ですか?
A. はい。アシクロビルは妊娠の全期間で使用可能とされており、妊婦への使用経験に関するデータが最も豊富な薬剤の一つです。バラシクロビル等も低リスクと評価されています。産科医と連携の上、適切に処方します。
Q. ヘルペスだと必ず帝王切開になりますか?
A. いいえ。大切なのは「分娩の瞬間」に症状や前駆症状があるかどうかです。症状がなければ経腟分娩が原則です。36週からの抑制療法は、この「症状がない状態」で出産を迎えるために行います。
Q. 授乳中に再発しました。授乳はやめるべきですか?
A. お薬(アシクロビル/バラシクロビル)は一般に安全です。授乳も、症状が乳房・乳輪になければ全く問題ありません。もし乳房・乳輪に症状が出た場合は、その側からの直接授乳・搾乳を一時中止し、反対側は覆って授乳します。すぐに医師にご相談ください。
Q. 妊娠後期、パートナーに口唇ヘルペスがあります。
A. ご自身が過去にヘルペスにかかったことがない場合、パートナーからのオーラルセックスは控えることが強く推奨されます。これは、妊娠後期にあなたが性器ヘルペス(HSV-1型)に「初感染」するのを防ぐためです。
9. 参考文献
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021 – Herpes.(妊娠・分娩・新生児管理、36週抑制療法、授乳中の安全性)
- ACOG (American College of Obstetricians and Gynecologists). Practice Bulletin No.220: Gestational Herpes Simplex Virus.(産科的管理、帝王切開の提案など)
- RCOG/BASHH. Management of Genital Herpes in Pregnancy (2024).(英国合同の最新管理指針)
- 国立成育医療研究センター. 妊娠と薬情報センター / 授乳中の薬情報.(LactMed等に基づく日本語リソース)
