のど(咽頭)クラミジアの重要ポイント
- オーラルセックスが主な感染経路です。 通常の性行為だけでなく、口での奉仕だけでも感染します。軽いキスでの感染リスクは低いとされています。
- ほとんどが無症状です。 のどの痛みや腫れが出ないことが多く、気づかずにパートナーへうつす最大の原因となっています。
- 「尿検査」では見つかりません。 のどの感染を調べるには、専用のうがい液検査やぬぐい液検査が必要です。
「性器の検査は陰性だったのに、なぜ?」
近年、性行為の多様化に伴い、性器ではなく「のど(咽頭)」だけに感染しているクラミジアが急増しています。
ある調査では、性交時に9割以上の方がオーラルセックスを行っている一方で、コンドームを使用しているケースは1%未満というデータもあります。 のどの粘膜は性器と同じ構造(円柱上皮)を持つため、無防備なオーラルセックスは、性器性交と同様に高い感染リスクを伴います。
しかし、のどのクラミジアは自覚症状がほとんどないため、通常の風邪と見過ごされたり、検査漏れによって放置されたりしやすいのが特徴です。 本ページでは、見逃されやすい「のどクラミジア」の実態と、適切な検査・最新の治療法(ドキシサイクリン推奨の流れなど)について専門医が解説します。
性器だけの治療ではのどの菌が生き残り、再発(ピンポン感染)の原因となるため、当院ではリスクのある方に咽頭検査も推奨しています。
1. 感染経路とリスク:なぜ「のど」にうつるのか
のど(咽頭)クラミジア感染症とは、性器に感染するはずのクラミジア・トラコマティス菌が、喉の奥の粘膜に感染した状態を指します。
主な感染経路は、感染者とのオーラルセックス(フェラチオ・クンニリングス)です。
クラミジア菌は、人体の粘膜にある特定の細胞(円柱上皮細胞など)を好んで感染します。
実は、「のどの粘膜」は「子宮の入り口」や「尿道」と組織学的に非常に似た構造をしています。そのため、菌を含んだ性液(精液や愛液)がのどに付着すると、菌はそこを性器と同じような環境と認識し、細胞内に侵入して増殖してしまうのです。
感染リスクを高める主な要因
近年、のどのクラミジアが増加している背景には、性行動の変化が大きく関係しています。
- コンドーム無しのオーラルセックス ある調査では、性交時に9割以上の方がオーラルセックスを行っているにも関わらず、その際のコンドーム使用率は1%未満であると報告されています。無防備な粘膜接触が最大の感染原因です。
- 「のどだけ」の感染(隠れ感染) 「性行為(挿入)はしていないから大丈夫」と考えるのは危険です。オーラルセックスのみを行った場合でも、のどだけに感染が成立します。性器の検査が陰性でも、のどが陽性であるケース(局所感染)は決して珍しくありません。
- 性風俗店の利用・従事 不特定多数とのオーラルセックスが行われる環境は、感染拡大の温床となりやすい傾向があります。性風俗に従事する女性において、子宮頸部に感染がある場合の約56%が咽頭にも感染していたというデータもあり、相互感染のリスクが高い環境といえます。
キスだけでも感染しますか?
一般的に、軽いキス(フレンチキス)程度での感染リスクは極めて低いと考えられています。
ただし、唾液交換を伴う深いディープキスの場合、理論上の可能性はゼロではありませんが、主な感染経路はあくまで「性器と口の直接接触」です。
「キスだけ」で過度に心配する必要はありませんが、のどに違和感がある場合はパートナーとの接触を控えるのが無難です。
2. 症状の特徴:9割が無症状?風邪との違い
※日本性感染症学会のガイドラインでも「咽頭感染は無症候性が圧倒的に多い」と指摘されています。
のどにクラミジアが感染しても、ほとんどの方は気づきません。
症状が出る場合でも、ごく軽い「のどの痛み」や「違和感(イガイガする感じ)」程度で、発熱することは稀です。そのため、多くの人が「乾燥のせいかな?」「軽い風邪かな?」と勘違いして放置してしまいます。
【比較表】風邪・淋菌・クラミジアの見分け方
ご自身で判断するのは難しいですが、典型的な特徴を比較すると以下のようになります。
| 特徴 | 咽頭クラミジア | 咽頭淋菌(りんきん) | 一般的な風邪 |
|---|---|---|---|
| 痛み | なし 〜 軽い (違和感程度) |
強い痛み (飲み込むと痛い) |
様々 (強い〜軽い) |
| 発熱 | ほぼ無し | 時に発熱あり | 発熱しやすい |
| 鼻水・咳 | 無し | 無し | あり |
| 経過 | 長引く・治らない (数週間続く) |
急激に悪化 | 数日で軽快 |
※これらはあくまで傾向であり、確定診断には検査が必要です。
専門医の視点:見た目では判断できません
「鏡でのどを見たら赤かった」と心配される方がいますが、クラミジア感染によるのどの赤みは非常に軽微で、専門医が診察しても、見た目だけで正常なのどや風邪と見分けることは不可能です。
逆に言えば、「見た目がきれいだから感染していない」とは言えないのが、この病気の怖いところです。
無症状の「サイレント・キャリア」のリスク
ご自身に症状がなくても、のどにはクラミジア菌が存在し、増殖しています。
この状態でパートナーにオーラルセックスを行うと、相手の性器(尿道や子宮頸管)へ感染させてしまいます。
- 男性パートナーへの影響:尿道炎による排尿痛、膿。
- 女性パートナーへの影響:不妊症の原因となる骨盤内炎症性疾患(PID)。
「自分は平気だった」としても、大切なパートナーに重い症状や不妊のリスクを負わせてしまう可能性があるため、心当たりがあれば検査を受けることが重要です。
3. 検査方法:尿検査では発見できない理由
尿検査・性器検査だけでは「陰性」になります
クラミジアは「局所感染(その場所に留まる)」という性質があります。
血液に乗って全身を巡るわけではないため、のどに菌がいても、尿や性器には菌が出てきません。
「性器の検査で陰性だったから全身大丈夫」というのは大きな間違いです。
当院の検査方法:「ぬぐい液」による迅速採取
のどの検査には「うがい液」を用いる方法もありますが、一定量の液体をうまく吐き出す必要があり、患者様によっては採取が難しいケースがあります。
そのため当院では、綿棒で喉の粘膜を軽くぬぐう方法(咽頭ぬぐい液検査)を採用しています。
熟練したスタッフが実施するため、一瞬で終わり、採取ミスも少ないのが特徴です。
開けます
サッとぬぐいます
終了です
※痛みや不快感が最小限になるよう配慮して行います。
重要:検査精度の違い(NAAT法 vs 抗原検査)
のどのクラミジアは菌量が少ないことが多いため、検査方法の選び方が非常に重要です。
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推奨:核酸増幅法(NAAT / PCR法など) 高精度
菌の遺伝子を数百万倍に増やして探すため、わずかな菌量でも正確に検出できます。当院ではこの方法を採用しています。 -
非推奨:迅速キット(抗原検査)
その場で結果が出る簡易キットは感度が低く、のどの検査には不向きです。本当は感染しているのに「陰性」と出てしまう(見逃し)リスクが高いため、のどの検査には推奨されません。
※通常、淋菌(りんきん)とクラミジアを1回の採取で同時に検査することができます。
4. 治療法:最新ガイドラインと当院の方針
クラミジアは細胞の中に寄生しているため、表面を洗うだけの市販薬は効果がありません。
必ず医療機関で処方される抗菌薬(抗生物質)を内服し、全身から菌を退治する必要があります。
ガイドラインにおける推奨治療薬
咽頭(のど)クラミジアの治療には、主に以下の2種類の抗菌薬が用いられます。
近年の国際的なガイドライン(米国CDCなど)では、咽頭部位における微生物学的な治癒率の高さから「ドキシサイクリン(7日間)」が第一選択として推奨される傾向にあります。
- ドキシサイクリン ガイドライン推奨 1日2回・7日間の服用が必要。咽頭感染に対して高い治癒率(95%以上)を示すエビデンスがあります。
- アジスロマイシン 1回のみの単回服用。日本国内で広く普及している治療法です。
ガイドライン上はドキシサイクリンの治癒率が高いとされていますが、これには「7日間、1回も飲み忘れずに服用できた場合」という前提条件があります。
実際には、仕事や生活が忙しく「途中で飲み忘れてしまった」「中断してしまった」というケースが少なくありません。中途半端な服用は、菌が生き残るだけでなく、薬が効かない「耐性菌」を生むリスクとなります。
そのため当院では、【その場で1回飲めば治療が完了する】という確実性を最優先し、アジスロマイシン(ジスロマック等)の処方を基本としています。
※アレルギー等がある場合や、医師が必要と判断した場合は別の薬剤を提案することも可能です。
治療中の注意点
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性行為の禁止:
薬を飲んでから、効果が浸透して菌が消えるまで約1週間かかります。その間は、キスやオーラルセックスを含むすべての性行為を控えてください。 -
パートナーの同時治療:
ご自身が治っても、パートナーが未治療だとすぐに再感染(ピンポン感染)します。必ずパートナーの方も検査・治療を受けてください。
5. 予防とパートナーへの対応
最重要:パートナーも同時に検査・治療を
のどにクラミジアが見つかった場合、パートナーの性器(尿道や子宮頸管)も感染している可能性が非常に高いです。
もしあなただけが治療して完治しても、パートナーが未治療だと、次のオーラルセックスや性行為で再びあなたに菌が戻ってきます。
これを防ぐには、「二人同時に検査・治療を受けること」が絶対条件です。パートナーが無症状でも、必ず受診を勧めてください。
現実的な予防対策
オーラルセックスによる感染を100%防ぐための理想的な方法は「コンドームや保護シート(デンタルダム)の使用」です。
しかし、実際にはオーラルセックスでのコンドーム使用率は非常に低い(1%未満というデータもあります)のが現状です。そのため、以下の対策を組み合わせることが重要です。
特に不特定多数との接触がある場合や、性風俗店を利用する際は、オーラルセックスであってもコンドームを着用することで感染リスクを大幅に減らせます。
「コンドームなしのオーラルセックス」を行った場合、リスクは避けられません。
症状がなくても「3ヶ月〜半年に1回」、あるいは「パートナーが変わるタイミング」で、のどの検査を含む性感染症検査を受ける習慣をつけることが、自分と相手を守る現実的な防衛策です。
治療を行って完治した後も、再感染するリスクは高いままです。
米国CDCや日本のガイドラインでは、治療完了から約3ヶ月後に、新たな感染が起きていないか確認するための検査(リテスト)を受けることを推奨しています。
金谷 正樹Masaki Kanaya
モイストクリニック 院長
国際医療福祉大学病院、東京医科歯科大学病院(現 東京科学大学病院)などで研鑽を積み、モイストクリニックにて性感染症を中心に診療を行う。
日本性感染症学会の会員として活動しており、得意分野である細菌学と免疫学の知識を活かして、患者さまご本人とパートナーさまが幸せになれるような医療の実践を目指している。
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日本性感染症学会「性感染症診断・治療ガイドライン 2020」
咽頭感染が無症状であることや、検査・治療の国内標準指針として参照しています。
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CDC – Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021
咽頭・直腸感染に対するドキシサイクリンの推奨(第一選択)など、最新の国際基準を参照しています。
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The Natural History of Pharyngeal Chlamydia trachomatis Infection in Men Who Have Sex With Men
咽頭クラミジアの感染持続期間や自然消退に関する最新の観察研究データです。
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厚生労働省「性感染症に関するQ&A」
オーラルセックスによる咽頭感染のリスクと、適切な受診行動について参照しています。
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Efficacy of Doxycycline Versus Azithromycin for the Treatment of Rectal Chlamydia
アジスロマイシンとドキシサイクリンの治癒率を比較し、ガイドライン変更の根拠となった研究の一つです。
