クラミジアと不妊症|女性の8割が無症状?PID(骨盤内炎症性疾患)のリスクと検査【恵比寿】

クラミジアと不妊の関連性まとめ

  • 女性の約80%が無症状です。 気づかないまま放置することで、菌が子宮の奥へ侵入(上行感染)してしまいます。
  • 卵管が癒着・閉塞し、不妊症や子宮外妊娠の原因になります。 これを「骨盤内炎症性疾患(PID)」と呼びます。一度癒着すると、薬で菌は殺せても傷跡(不妊原因)は治せません。
  • 早期発見・治療が、将来の妊娠を守る唯一の方法です。

「痛みも痒みもないから大丈夫」
クラミジア感染症において、この油断こそが最も危険です。

クラミジアは日本で最も多い性感染症ですが、女性の場合、感染しても自覚症状がほとんどありません。しかし、水面下では静かに炎症が進行し、子宮や卵管といった「妊娠に必要な臓器」に取り返しのつかないダメージを与えていることがあります。

妊活を始めたときに初めて「卵管が詰まっている」と判明するケースも少なくありません。
このページでは、クラミジアがどのようにして不妊を引き起こすのか(PIDのメカニズム)、そしてご自身の体を守るために今できることについて、専門的なデータを交えて解説します。

1. なぜ不妊になる?「上行性感染」とPIDの恐怖

クラミジアは、感染しても膣の入り口に留まるわけではありません。
治療せずに放置していると、菌は時間をかけて子宮の奥へ、さらにその先のお腹の中へと侵入していきます。これを「上行性感染(じょうこうせいかんせん)」と呼びます。

1

子宮頸管炎(入り口の炎症)

最初は子宮の入り口に感染します。おりものが増える程度で、自覚症状はほとんどありません。

2

子宮内膜炎・卵管炎(奥への侵入)

菌が子宮内部を通り抜け、卵管(卵子の通り道)に達します。ここで強い炎症が起きると、卵管が腫れたり癒着したりします。

3

骨盤腹膜炎(お腹全体へ)

菌が卵管からお腹の中(腹腔内)に漏れ出し、骨盤全体に炎症が広がります。激しい下腹部痛や発熱を起こすこともあります。

Keyword 骨盤内炎症性疾患(PID)とは

上記のように、子宮より奥(卵管、卵巣、骨盤腹膜など)に炎症が広がった状態の総称です。
PIDの最大の問題点は、炎症によって組織が「癒着(ゆちゃく)」してしまうことです。

  • 卵管因子不妊症:
    細い卵管が癒着して詰まると、卵子と精子が出会えなくなり、自然妊娠が不可能になります。
  • 異所性妊娠(子宮外妊娠):
    通り道が狭くなると、受精卵が子宮まで辿り着けず、途中の卵管に着床してしまいます。破裂すると命に関わる危険な状態です。

※抗菌薬でクラミジア菌を殺すことはできますが、一度癒着して閉じてしまった卵管を薬で元に戻すことはできません。だからこそ「早期発見」が重要なのです。

💡 専門医の豆知識:フィッツ・ヒュー・カーティス症候群

PIDがさらに進行すると、炎症がお腹の上部まで広がり、肝臓の周囲に癒着を起こすことがあります。
これを「肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)」と呼び、呼吸に合わせて激しい「右上腹部の痛み」が生じます。
内科で「胆石」などを疑われて検査しても異常がなく、婦人科で初めてクラミジアが原因だと判明するケースも少なくありません。

2. サイレント・エピデミック:無症状で進行するリスク

クラミジア感染症が「サイレント・エピデミック(静かなる流行)」と呼ばれるのには理由があります。
それは、圧倒的多数の女性が「感染しているのに気づいていない」からです。

女性のクラミジア感染者の自覚症状
症状あり
20%
無症状
約80%

おりものの変化や軽い下腹部痛が出ることもありますが、大多数は無症状です。
「痛くない=大丈夫」という常識はこの病気には通用しません。

最も恐ろしい「サイレントPID」とは

骨盤内炎症性疾患(PID)には、激しい痛みや高熱を伴う「急性PID」と、自覚症状がほとんどないまま進行する「サイレントPID(無症候性PID)」の2種類があります。

痛みがないからこそ、不妊リスクが高い

急性PIDの場合、激痛のためすぐに病院へ行き、治療を受けることができます。
しかし、サイレントPIDは痛みがないため、何ヶ月、何年も治療されずに放置されてしまいます。その結果、卵管の炎症と癒着が静かに進行し続け、気づいた時には「両側の卵管が完全に詰まっている(不妊症)」という事態になりやすいのです。

実際、卵管性不妊と診断された女性の多くは、過去に「お腹が痛くなった記憶がない」と答えています。

「自分は関係ない」と思っていませんか?

クラミジアは、特定の遊んでいる人だけがかかる病気ではありません。

📊 妊婦健診におけるデータ
日本の妊婦健診(症状がなく健康な妊婦さんへのスクリーニング)において、約3〜5%(20〜30人に1人)がクラミジア陽性であると報告されています。
これは、ごく普通の生活をしていても、知らぬ間に感染している可能性が十分にあることを示しています。 出典:日本性感染症学会 ガイドライン等

3. 統計データ:放置すると不妊率はどれくらい上がる?

「放置しても治るかもしれない」という期待は禁物です。
米国CDC(疾病予防管理センター)や世界的な疫学データは、未治療のクラミジアがどれほど高い確率で女性の将来を奪うかを示しています。

放置した場合のリスク確率

10〜15% PIDへの進行率

治療しない場合、約10人に1人以上が骨盤内炎症性疾患(PID)を発症します。

45% 卵管性不妊の原因

世界中の「卵管が原因の不妊症」の約半数は、クラミジア感染が原因と推計されています。

繰り返すほど「不妊率」は倍増する

PID(骨盤内の炎症)は、一度かかるだけでも卵管にダメージを残しますが、再感染して繰り返すたびに不妊リスクが跳ね上がることが分かっています。

PID発症回数と不妊症になる確率
PID 1回目 12%(約8人に1人)
12%
PID 2回目 23〜25%(約4人に1人)
25%
PID 3回以上 50%以上(2人に1人)
50%超

出典:Westrom L. et al. (米国CDCガイドライン引用データ)

📑 最新の研究データ (2024年 オランダ) New Evidence

約5,700人の女性を14年間追跡した大規模な研究によると、一度でもクラミジア陽性になった女性は、陰性の女性に比べて「卵管性不妊のリスクが約2.75倍」になることが報告されました。
この研究では、症状があった場合のリスクが特に高いとされていますが、無症状感染の早期発見・治療が合併症予防に極めて重要であると結論付けられています。

4. 治療と予後:早期発見なら完治可能です

クラミジア感染症は、適切な抗菌薬(抗生物質)を使えば、菌そのものを完全に消滅させること(微生物学的治癒)が可能です。
しかし、治療のスタートが遅れると「取り返しのつかないこと」が起きてしまいます。

【重要】薬で「治せるもの」と「治せないもの」

💊 完治できます

「クラミジアの菌」
体内の菌は抗菌薬で死滅します。
早期の炎症(赤みや腫れ)も、菌がいなくなれば元通りに治ります。

🩹 元に戻りません

「卵管の癒着・傷跡」
進行して癒着し、閉じてしまった卵管を薬で開通させることはできません。
(手術や体外受精が必要になります)

進行度に応じた具体的な治療レジメン

早期発見であればシンプルな治療で済みますが、PID(骨盤内炎症性疾患)まで進行すると、複数の菌をターゲットにした強力かつ長期的な抗菌薬投与が必要になります。

ステージ1:子宮頸管炎(早期) 外来治療

まだ菌が子宮の入り口に留まっている段階です。単剤の抗菌薬内服で完治が期待できます。

  • アジスロマイシン 1,000mg(単回内服)
  • または ドキシサイクリン 100mg(1日2回 7日間)
ステージ2:PID 骨盤内炎症性疾患(進行) 厳重な管理が必要

菌がお腹の中に広がり、他の雑菌(嫌気性菌など)も混合感染している可能性があるため、「多剤併用療法」「14日間」行います。

  • セフトリアキソン(点滴/筋肉注射)× 単回
  • + ドキシサイクリン(内服)× 14日間
  • + メトロニダゾール(内服)× 14日間
※ガイドライン推奨例。嫌気性菌をカバーするためメトロニダゾールを併用し、卵管のダメージを最小限に抑えます。
🏥 入院が必要になるケース
「高熱がある」「激痛で動けない」「卵管卵巣膿瘍(膿のたまり)がある」「妊娠中である」等の場合は、入院による点滴管理が必要となり、連携病院へ紹介となります。
「1回の飲み薬」で済むうちに、検査を受けましょう

上記のように、放置してPIDになると「毎日薬を飲み、注射に通う」あるいは「入院」という事態になりかねません。
癒着が完成してしまう前に治療を始めれば、将来の不妊リスクを限りなくゼロに近づけることができます。

治療後の「3ヶ月」が運命を分けます

治療が完了しても、油断はできません。特に治療後3ヶ月以内は、パートナーからの再感染(ピンポン感染)が非常に起きやすい時期です。
ガイドラインでは、「治療終了から3ヶ月後に再検査(リテスト)」を受けることを強く推奨しています。

5. 予防とパートナー治療の重要性

クラミジアによる不妊(PID)を防ぐために最も重要なことは、「感染しないこと」はもちろんですが、「感染してもすぐに治療し、二度とかからないこと」です。

パートナー治療が「あなたの未来」を守る

再感染(ピンポン感染)が不妊リスクを急上昇させる

自分だけが治療しても、パートナーが未治療だと、性交渉によってすぐに菌が戻ってきます。 統計データでも示した通り、感染を繰り返すたびにPIDの発症率と不妊率は倍増していきます。

あなた
(治療済み)
再感染
パートナー
(未治療)

※重要:お互いが「検査で陰性」を確認するまでは、性交渉(オーラルセックス含む)を控える必要があります。

「症状がなくても検査」が世界の常識です

無症状の感染を見つけ出すには、定期的なスクリーニング(拾い上げ検査)しか方法がありません。

🌎 米国CDCガイドラインの推奨 Global Standard

「25歳以下の性的に活発な女性は、症状がなくても年1回の検査を受けるべき」

日本でも、不妊治療の初期検査や妊婦健診では必ずクラミジア検査が行われます。
将来の妊娠を望むのであれば、パートナーが変わったタイミングや、年に一度の定期健診として、自発的に検査を受けることが推奨されます。

今日からできる予防アクション

  • コンドームの常用 妊娠を望まない性交渉では必ずコンドームを使用してください。クラミジアだけでなく、子宮頸がんの原因となるHPVなどの予防にも繋がります。
  • パートナーとの相互検査 「付き合い始めたら、まず二人で検査」を新しい習慣に。
    ブライダルチェックのように、カップルで性感染症チェックを受けることは、お互いの体を大切にする愛情表現です。
この記事の監修者
金谷 正樹 院長

金谷 正樹Masaki Kanaya

モイストクリニック 院長

国際医療福祉大学病院、東京医科歯科大学病院(現 東京科学大学病院)などで研鑽を積み、モイストクリニックにて性感染症を中心に診療を行う。
日本性感染症学会の会員として活動しており、得意分野である細菌学と免疫学の知識を活かして、患者さまご本人とパートナーさまが幸せになれるような医療の実践を目指している。

参考文献・エビデンス