淋菌感染症(通称:淋病)は、淋菌(Neisseria gonorrhoeae)によって引き起こされる世界的に主要な性感染症(STI)の一つです。
尿道や子宮頸部だけでなく、咽頭(のど)や直腸への感染も増加しており、放置すると不妊症や全身への播種性感染を引き起こすリスクがあります。
本ページでは、モイストクリニック(東京・恵比寿)の専門的知見に基づき、淋菌の病態生理、最新の疫学データ、検査・診断、およびガイドラインに基づく標準治療について、医学的根拠(エビデンス)を元に網羅的に解説します。
この記事のハイライト
- 病原体:グラム陰性双球菌である淋菌による粘膜感染症。
- 流行状況:20代を中心に感染が拡大しており、無症状の保菌者(特に咽頭・女性)が感染源となりやすい。
- 診断:核酸増幅検査(NAAT)が第一選択。即日検査や培養検査との併用が重要。
- 治療:耐性菌(スーパー淋菌)の問題から、セフトリアキソン等の注射薬による単回投与が国内標準治療。
1. 淋菌感染症の概要と疫学
淋菌感染症(Gonorrhea)は、ナイセリア属の細菌である淋菌(Neisseria gonorrhoeae)の感染によって引き起こされる性感染症(STI)です。
ヒトのみを自然宿主とし、主に円柱上皮細胞や移行上皮細胞を持つ粘膜(尿道、子宮頸管、直腸、咽頭、結膜)に親和性を持ちます。近年は薬剤耐性菌(AMR)の増加により、世界的に公衆衛生上の脅威として再認識されています。
1-1. 病原体と感染のメカニズム
Microbiology 淋菌(Neisseria gonorrhoeae)の微生物学的特徴
- 菌の形態
- グラム陰性双球菌(コーヒー豆が向かい合ったような形状)
- 染色所見
- 好中球(多核白血球)の細胞内に貪食された像が特徴的(細胞内寄生性)
- 増殖環境
- 二酸化炭素濃度が高い環境を好む好気性菌。乾燥や温度変化に極めて弱く、人体外では短時間で死滅する。
粘膜への侵入と炎症惹起のプロセス
淋菌の感染は、単なる付着にとどまらず、宿主細胞への侵入と免疫系との激しい攻防を伴います。その病原性は主に以下の3段階で発揮されます。
淋菌は表面にあるIV型線毛(Type IV pili)やOpaタンパクという接着因子を用いて、尿道や子宮頸管の粘膜上皮細胞に強力に結合します。この強力な結合力が、尿流などによる物理的な排除を防ぎます。
上皮細胞に付着した後、トランスサイトーシス(細胞通過)によって細胞内へ侵入し、粘膜下組織へと到達します。ここで活発に増殖を開始します。
淋菌の細胞壁成分であるリポオリゴ糖(LOS)がエンドトキシン(毒素)として作用し、宿主の免疫応答を激しく刺激します。これにより大量の好中球(白血球の一種)が動員され、菌を貪食・殺菌しようとします。この「好中球の死骸と菌の残骸」が、淋菌感染症特有の粘性の高い黄緑色の膿となります。
淋菌は自身の表面抗原(線毛やOpaタンパクなど)の構造を頻繁に変化させる能力(抗原変異)を持っています。これにより、ヒトの免疫システムによる記憶を回避するため、一度感染して治癒しても終生免疫が得られず、何度でも再感染(Reinfection)します。これがワクチンの開発を困難にしている主な要因でもあります。
1-2. 国内および世界的な感染状況
淋菌感染症は、性感染症(STI)の中でもクラミジアに次いで報告数が多く、世界中で公衆衛生上の重大な課題となっています。特に近年は、薬剤耐性菌の出現や、オーラルセックスによる咽頭感染の増加が感染拡大の要因として指摘されています。
🌍 世界的な感染規模(WHO推計)
- 約8,240万件 年間の新規感染者数(15〜49歳)
- WHO(世界保健機関)の2020年報告によると、毎日100万人以上が何らかのSTIに感染しており、その大部分を淋菌が占めています。特にアフリカ地域や西太平洋地域での有病率が高い傾向にあります。
🇯🇵 日本国内の傾向:若年層と「隠れた感染」
日本国内の感染症発生動向調査(定点報告)によると、淋菌感染症は20代前半の男性で最も多く報告されています。しかし、このデータを見る際には「男女の報告数の乖離」に注意が必要です。
| 比較項目 | 男性(Male) | 女性(Female) |
|---|---|---|
| 報告数の特徴 | 圧倒的に多い | 男性に比べ少ない |
| その理由 | 激しい排尿痛・膿が出るため、医療機関を受診しやすい。 | 子宮頸管炎を起こしても無症状や軽微な症状のことが多く、受診に至らず統計に現れない(潜在化)。 |
| 好発年齢 | 20〜24歳がピーク | 20代全体に分布 ※近年はCSW(セックスワーカー)以外での一般層への拡大も懸念されています。 |
疫学的に見て、現在の淋菌感染拡大には以下の要因が深く関与しています。
- 咽頭(のど)への感染:オーラルセックスの一般化により、無症状の咽頭感染者が増加。キスや飛沫では感染しませんが、性行為における感染源(Reservoir)となっています。
- マッチングアプリ等の普及:不特定多数との性的接触の機会が増加し、接触ネットワークが複雑化しています。
- 感受性の高い集団:MSM(男性間性交渉者)コミュニティにおいては、直腸や咽頭を含めた多部位感染が高頻度で見られます。
2. 感染経路とリスク要因
淋菌は乾燥や温度変化に極めて弱い細菌であり、人体(粘膜)を離れると数時間以内に死滅します。そのため、感染経路は原則として「粘膜と粘膜の直接接触(Direct Mucosal Contact)」に限られます。空気感染や飛沫感染は起こりません。
日常生活での感染リスク(FAQ)
⚠️ 重篤化・感染拡大のリスクファクター
以下の条件に当てはまる場合、感染リスクが高い、あるいは無症状のまま感染を広げている可能性があります。
- コンドーム不使用の性行為:最も直接的なリスク因子です。
- 複数の性的パートナー:感染確率が幾何級数的に上昇します。
- 25歳以下の若年層:生物学的な子宮頸部の感受性の高さ(Ectopy)や行動様式が関与します。
- 過去のSTI既往歴:一度感染した人は、生活習慣などの背景から再感染リスクが高い傾向にあります(Reinfection)。
3. 部位・性別による症状の特徴
淋菌感染症は、感染する部位(性器、喉、肛門)や性別によって症状の現れ方が大きく異なります。
特に男性の性器感染(尿道炎)は、急性かつ激しい症状が出ることが特徴的で、多くの患者様が排尿時の異変に気づいて来院されます。
3-1. 男性の症状:淋菌性尿道炎と合併症
淋菌が尿道粘膜で増殖し、激しい炎症(尿道炎)を起こします。
-
排尿痛(Dysuria):
「カミソリで切ったような」「ガラス破片が通るような」と形容される、灼熱感を伴う鋭い痛みが生じます。 -
膿性分泌物(Discharge):
尿道口からドロッとした黄白色〜黄緑色の膿が大量に出ます。下着が汚れるほど出ることが多く、朝起きた時に下着に膿が付着していることもあります。 -
尿道口の発赤・腫脹:
尿道の出口が赤く腫れ上がり、触れると痛むことがあります。
同じ尿道炎でも、病原体によって症状の傾向が異なります。ただし、約20〜30%の症例で重複感染しているため、見た目だけで判断せず検査が必要です。
| 項目 | 淋菌 | クラミジア |
|---|---|---|
| 潜伏期間 | 2〜7日(早い) | 1〜3週間(遅い) |
| 痛みの強さ | 激しい | 軽い・痒み程度 |
| 膿の性状 | 黄緑色・膿状 | 透明・水っぽい |
⚠️ 放置した場合の重篤な合併症:精巣上体炎
尿道炎を治療せずに放置すると、菌が尿管を逆流し、精巣(睾丸)の横にある「精巣上体(副睾丸)」に感染します。これを淋菌性精巣上体炎と呼びます。
- 症状:陰嚢(玉袋)の片側が赤く腫れ上がり、歩けないほどの激痛を伴います。38度以上の高熱が出ることもあります。
- 後遺症:炎症が治まった後も精管が癒着して詰まってしまい、精子が通れなくなることで男性不妊(閉塞性無精子症)の原因となります。
※男性の尿道感染は9割以上で症状が出ますが、稀に症状が軽微で気づかないケース(不顕性感染)もあります。パートナーが感染した場合は、無症状でも必ず検査を受けてください。
3-2. 女性の症状:静かに進行する「子宮頸管炎」と「骨盤内炎症」
女性の場合、淋菌はまず子宮の入口である「子宮頸管」に感染します。しかし、男性と異なり約50〜80%の方は自覚症状がほとんどないか、極めて軽微です。「いつもの生理痛かな?」「少しおりものが多いかな?」と見過ごしている間に、菌が奥へ奥へと侵入していきます。
初期症状:子宮頸管炎(Cervicitis)のサイン
症状が出る場合、感染から数日〜数週間後に以下の変化が見られることがあります。これらは他の要因(ストレスやカンジダなど)と混同されやすいため、注意が必要です。
- 🔴 おりものの異常(帯下増量・性状変化) 普段より量が増える、黄緑色っぽい膿のようなおりものが出る、においがきつくなる等が特徴です。
- 🔴 不正出血(Intermenstrual bleeding) 生理期間ではないのに出血がある、あるいは性行為の最中や後に出血する(接触出血)場合は、子宮頸部が炎症でもろくなっている可能性があります。
- 🔴 下腹部痛・性交痛 下腹部の違和感や鈍痛、セックスの奥の方で痛みを感じる(深部性交痛)ことがあります。これは炎症が子宮内部へ広がり始めているサインかもしれません。
- 🔴 排尿時痛・頻尿 尿道にも感染が及ぶと、排尿時の痛みや、何度もトイレに行きたくなる膀胱炎のような症状が出ます。
骨盤内炎症性疾患(PID)への進行
治療せずに放置すると、淋菌は子宮頸管から子宮内膜、卵管、腹腔内へと上へ移動します(上行感染)。これにより**骨盤内炎症性疾患(PID)**を引き起こし、女性のライフプランに関わる不可逆的なダメージを残すことがあります。
卵管に炎症が起きると癒着や閉塞が生じ、卵子が通れなくなります。一度閉塞した卵管を元に戻すのは極めて困難です。
受精卵が卵管内で着床してしまう状態です。破裂すると母体の命に関わるため、緊急手術が必要になります。
菌が肝臓の表面まで達し、右上腹部に激痛を起こします。「歩くと響く痛み」が特徴です。
妊娠中の淋菌感染は、流早産のリスクになるほか、分娩時に赤ちゃんに感染し「新生児淋菌性結膜炎」を起こす可能性があります。妊婦健診での初期検査が重要ですが、妊娠中にパートナーが変わった場合なども必ず検査を受けてください。
3-3. 性器以外への感染:咽頭・直腸・全身への波及
淋菌は性器だけでなく、粘膜が存在するあらゆる部位に感染します。特に近年はオーラルセックスの普及により、性器には症状がないが、喉(のど)からは淋菌が検出されるというケース(単独咽頭感染)が急増しています。
稀ですが重篤な全身感染症
淋菌がついた手指で目を触ることなどで感染します。 急激に発症し、まぶたの強い腫れと大量の黄緑色の眼ヤニ(膿)が出ます。角膜潰瘍から失明に至るリスクがあるため、眼科での緊急治療が必要です。
治療せずに放置すると、菌が血流に乗って全身へ広がる「播種性淋菌感染症(DGI)」となることがあります(全感染者の0.5〜3%)。 発熱と共に、関節炎(膝や足首の痛み・腫れ)や、皮膚に膿を持った発疹が現れます。女性にやや多い傾向があります。
4. 潜伏期間と検査・診断方法
4-1. 潜伏期間と検査可能な時期(ウィンドウ・ピリオド)
淋菌感染症の潜伏期間(感染してから症状が出るまでの期間)は、比較的短く2〜7日程度です。しかし、これは「症状が出る場合」の話であり、無症状の場合は潜伏期間に関わらず感染は持続します。
📅 感染機会(性行為)からのタイムライン
男性の尿道炎では、早ければ2〜3日で排尿痛や膿が出始めます。
※症状があれば、この時点で検査可能です。
最新の遺伝子検査(NAAT法)であれば、感染機会から24時間〜数日経過していれば高精度に検出可能とされています。
※クリニックによっては「念のため○日あけて」と案内する場合もありますが、症状がある場合や最新機器導入院では即日対応が可能です。
4-2. 診断精度の高い「核酸増幅検査(NAAT)」とは
現在、淋菌感染症の診断において世界標準(ゴールドスタンダード)となっているのが、菌の遺伝子を増やして検出する**核酸増幅検査(NAAT:Nucleic Acid Amplification Test)**です。従来の培養検査よりも感度が非常に高く、少量の菌でも正確に発見できます。
男性:初尿(出始めの尿)
女性:膣ぬぐい液(自己採取可)
咽頭:うがい液 または ぬぐい液
| 検査方法 | 特徴・メリット | 結果までの時間 |
|---|---|---|
|
① NAAT法 (PCR, TMA, LAMP等) |
【現在の主流・第一選択】 感度・特異度が極めて高い。症状がない部位(咽頭・直腸)や無症状感染者でも正確に診断可能。 |
数時間〜数日 ※即日検査対応院あり |
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② 顕微鏡検査 (グラム染色) |
その場で顕微鏡を見て判断する方法。 男性の有症状の尿道炎に対しては即効性があり有用だが、女性や咽頭検査には感度が低く不向き。 |
即時 (15〜30分) |
| ③ 培養検査 |
菌を生きたまま育てて調べる方法。 時間はかかるが、「どの抗生物質が効くか(薬剤感受性)」を調べられる唯一の方法。治療失敗例や耐性菌サーベイランスで重要。 |
3〜7日 |
⚠️ 検査を受ける前の注意点(Precautions)
-
男性(尿検査):
尿の中にいる菌を洗い流さないよう、検査の1〜2時間前から排尿を控えて来院してください。最後の排尿から時間が経っていないと、菌量が足りず正しい結果が出ない(偽陰性)ことがあります。 -
女性(膣検査):
生理中でも検査可能なキットが多いですが、出血量が多い場合は正しい結果が出にくいことがあります。また、検査直前の膣洗浄(ビデ)は控えてください。 -
うがい・飲食(咽頭検査):
咽頭検査の前は、飲食やうがい、歯磨きを直前に行わないことが推奨されます(菌が流れてしまうため)。
5. 治療ガイドラインと薬剤耐性:なぜ注射治療なのか?
淋菌は「耐性菌の歴史」と言われるほど、ペニシリン、テトラサイクリン、ニューキノロンなど、過去に有効だった抗生物質に対して次々と耐性を獲得してきました。
現在、確実に有効とされる治療薬は非常に限られており、日本および世界のガイドラインは「単回注射による確実な殺菌」を第一選択としています。
5-1. 日本と海外(CDC等)の治療アプローチ比較
日本のガイドライン(日本性感染症学会)と、世界標準とされる米国CDCガイドラインの最新レジメンを比較します。日本では世界的に見ても高用量(1g)のセフトリアキソンを使用しており、耐性菌抑制の観点から強力な治療を行っています。
| 地域・ガイドライン | 第一選択薬(First-line) | 治療方針の特徴・背景 |
|---|---|---|
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🇯🇵 日本 JAID/JSR 2020 |
セフトリアキソン(CTRX) 1g 点滴静注 または 筋肉注射 (単回投与) |
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🇺🇸 米国 CDC 2021 Update |
セフトリアキソン(CTRX) 500mg 筋肉注射 (体重150kg以上は1g) |
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🇪🇺 欧州 IUSTI 2020 |
セフトリアキソン 1g 筋肉注射 + アジスロマイシン併用(推奨度低下中) |
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💊 「飲み薬(経口薬)で治したい」という患者様へ
かつては経口薬(セフィキシム等)も使われていましたが、現在は推奨されていません。その理由は「咽頭(のど)への薬の届きにくさ」にあります。
注射薬は投与直後に血中濃度がピークに達し、菌を一気に叩きます。一方、飲み薬は吸収に時間がかかり、濃度も低いため、耐性菌を生き残らせてしまうリスクがあります。
のどの粘膜は薬が浸透しにくい組織です。経口薬では咽頭淋菌を殺菌できる十分な濃度に達しないことが多く、治療失敗(Treatment Failure)の主因となります。
淋菌感染者の20〜30%はクラミジアにも感染しています。 検査結果が出る前に治療を開始する場合や、クラミジアの除外ができていない場合は、淋菌用の注射に加えて、クラミジア用の抗生物質(ドキシサイクリンやアジスロマイシン)の内服を同時に処方することが一般的です。
5-2. 迫りくる脅威「スーパー淋菌」と私たちにできる対策
既存の抗生物質に対して高度な耐性を獲得し、「治療が極めて困難、あるいは治療法が存在しない」状態になりつつある淋菌のことです。WHO(世界保健機関)やCDCは、これを緊急性の高い公衆衛生上の脅威として指定しています。
淋菌は、ペニシリン、テトラサイクリン、ニューキノロン(クラビット等)、そして経口セフェム系薬に対し、次々と耐性を獲得してきました。現在、最後の砦である「セフトリアキソン」に対しても感受性の低下が報告され始めています。
私たちが「治療不能」を防ぐために守るべき3つのルール
中途半端な効果の飲み薬を使用することは、菌を殺しきれずに「耐性菌を育てる訓練」をしているようなものです。ガイドライン推奨の高用量セフトリアキソン点滴/注射で、初回に確実に叩くことが鉄則です。
「症状が消えた=菌がいなくなった」とは限りません。特に咽頭は菌が残りやすい部位です。 治療後、適切な期間(通常2週間以上)を空けて再検査を行い、完全に陰性になったことを確認するまでが治療です。
特定のパートナー間でうつし合う「ピンポン感染」を繰り返すと、その過程で菌が変異し、耐性化するリスクが高まります。ご自身だけでなく、パートナーの検査・治療も必ず促してください。
現在、ゾリフロダシン(Zoliflodacin)などの新しい作用機序を持つ治療薬や、髄膜炎菌ワクチンを応用した淋菌ワクチンの開発が世界中で進められています。しかし、これらが実用化されるまでは、既存の治療薬(セフトリアキソン)を大切に使うことが人類共通の課題です。
6. 合併症・後遺症と予防:未来の健康を守るために
淋菌感染症は「薬を飲めば治る病気」ですが、発見が遅れたり治療を放置したりすると、身体に不可逆的な(元に戻らない)ダメージを残すことがあります。
特に生殖機能への影響は深刻であり、将来子どもを望んだ時に「あの時の淋病が原因だった」と後悔しないための知識が必要です。
6-1. 放置した場合の代償:不妊症と慢性痛
淋菌に感染して粘膜に炎症が起きている状態では、HIV(エイズウイルス)への感染リスクが数倍に跳ね上がることがわかっています。
炎症部位にはHIVの標的となる免疫細胞(CD4陽性T細胞など)が集まってくるため、HIVが侵入しやすい「入り口」が開いている状態と言えます。
※淋菌感染が判明した際は、HIVや梅毒の検査も同時に受けることを強く推奨します。
6-2. 予防と再発防止:パートナーと共に治す
淋菌感染症は、一度かかっても免疫ができず、何度でも感染します。治療後の「再感染」を防ぐことが、予防における最大のポイントです。
最も多い再発の原因は、未治療のパートナーから再びうつされること(ピンポン感染)です。 「症状がないから大丈夫」と言っていても、無症状感染している可能性は高いです。勇気を持ってパートナーに伝え、二人同時に検査・治療を受けることが、関係を守る唯一の方法です。
性行為の「最初から最後まで」装着することが重要です。 膣性交だけでなく、オーラルセックスやアナルセックスにおいてもコンドーム(またはデンタルダム)を使用することで、感染リスクを劇的に下げることができます。
パートナーが変わった時や、コンドームなしの接触があった時は、症状がなくても検査を受けましょう。 早期に発見できれば、注射1本で完治し、後遺症のリスクをゼロに近づけられます。
7. 最新の研究動向:ワクチンと次世代治療薬
薬剤耐性菌(AMR)の脅威に対抗するため、世界中の研究機関や製薬企業が「予防ワクチン」と「新規抗菌薬」の開発を急ピッチで進めています。
ここでは、現在臨床試験が進んでいる、あるいは一部の国で導入が始まった最新の医学トピックスについて解説します。
7-1. 世界初:髄膜炎菌ワクチンの「交叉免疫」応用
7-2. 新しい作用機序を持つ「次世代抗菌薬」
既存薬(セフトリアキソン等)への耐性化に備え、全く新しいメカニズムで淋菌を攻撃する新薬の臨床試験(治験)が進んでいます。
世界初の新しいクラスの経口抗菌薬です。細菌のDNA合成酵素(トポイソメラーゼ)を阻害する独自の方法で作用します。
既存の薬剤との交差耐性がないため、スーパー淋菌に対する「切り札」として、また利便性の高い「飲み薬」としての復権が期待されています。
新規のトリアザアセナフチレン系抗菌薬です。こちらもDNA複製に関わる酵素を阻害しますが、ゾリフロダシンとは異なる結合部位を持ち、耐性が生じにくい特性を持つとされています。
7-3. 診断と同時に耐性を調べる「POCT技術」
これまでの検査は「淋菌がいるかいないか」を知るだけで、どの薬が効くか(薬剤感受性)を知るには数日間の培養が必要でした。
現在、Point of Care Testing (POCT) の技術革新により、わずか数十分で「淋菌の有無」と「特定の薬剤耐性遺伝子の有無」を同時に判定する分子診断機器の開発が進んでいます。
これが実用化されれば、初診のその場で、耐性菌には注射を、感受性菌には飲み薬を、という個別化医療(Precision Medicine)が可能になります。
※本セクションで紹介した薬剤やワクチンは、現時点で日本では未承認あるいは研究段階のものを含みます。
モイストクリニックでは、日本性感染症学会および国際的なガイドラインに基づき、現在利用可能な最良・標準的な治療を提供しつつ、常に最新情報の収集に努めています。
よくある質問(FAQ)
患者さまから多く寄せられるご質問をまとめました。質問をタップすると回答が開きます。
この記事の監修者
国際医療福祉大学病院、東京医科歯科大学病院(現東京科学大学病院)などで研鑽を積み、モイストクリニックにて性感染症を中心に診療を行う。日本性感染症学会の会員として活動しており、得意分野である細菌学と免疫学の知識を活かして、患者さまご本人とパートナーさまが幸せになれるような医療の実践を目指している。
参考文献・出典
- 日本性感染症学会. 性感染症 診断・治療ガイドライン 2020.
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021.
- World Health Organization (WHO). Gonorrhoea (Neisseria gonorrhoeae infection) Fact sheet.
- National Institute of Infectious Diseases (NIID). 日本の性感染症サーベイランス報告.
- Unemo M, et al. Gonorrhoea. Nat Rev Dis Primers. 2019;5(1):79.
- JCVI statement on the use of 4CMenB vaccine for prevention of gonorrhoea, 2023.
※本ページは、2025年時点での医学的知見に基づき作成されています。ガイドラインの改訂や新薬の承認状況により、内容は適宜更新されます。
